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私だけの感動ドラマ1~4
私だけの感動ドラマ1~4
このページで伝えたい事は、テレビや映画だけでなく、自分の身近にもいつも感動があるという事。

今は自分中心の人が多く、自分の心の準備をしないと感動が出来ないと思っている人が多いと思う。

いわゆる、ドラマ化されている物で満足しているのだ。

でも、注意深く自分の身のまわりをみていると、1つの小さな事が、自分の気持ちを温かくしてくれると

いう事に気づくだろう。

実際ここに掲載させてもらった文章は、身近な人たちの出来事だから。

人によって自分が生かしてもらっている事を、毎日感謝しつづけると、自分自身も人への接し方も変わ

ってくると思う。

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第 1 話

高二の息子の修学旅行のお土産は、小さな紙袋2つだった。  

それ以外 鞄の中に 入っていた物は 3日間の洗濯物。

母にも姉にもお土産はなかった。

じゃあ あの2つの紙袋は誰のお土産?

2.3日して母の姉がやってきた。 彼はその甥と姪に(はい、沖縄のお土産)と1つづつ手渡した。

紅型の髪飾りと 美ら海水族館のサメの刺繍のリストバンド。

(ごめん・・・  おばちゃんには、おれ 土産話しかない・・)

蚊の鳴くような声で謝った。

彼は全部知っていた。  みんながどんな思いで旅行に行かせてくれたか。

彼の母は、今年リストラで職を失い この修学旅行の為にどんな思いでお金を 

工面してくれたか。 旅行の為の小遣いまで捻出してやれずに叔母に お金を

借りてくれたことも。 叔母も母子家庭で 生活は楽ではない。

その中から自分の為に 費用を捻出してくれていた。

そういえば彼は 帰宅した時に (あまり いい物が無かった。)と 母にお札を返していた。

友達とお店に行っても 何も買わなかったのだろう。

キーホルダーを 手にとってじーっと眺めて また戻す。そんな光景を思い浮かべただけで

胸が痛くなる。

お礼に とお土産をみんなに買ってくる事は誰にもできる。

沢山の友達の中で自分だけ買わない勇気は 相当の事だと思う。

彼は 今何が大切か 良く分かっていたんだろう。

自分の物すら買わなかった彼。

それでも、 彼はきっとこういうだろう。

(友達と一緒に いい思い出をいっぱい作ってきたから。 たのしかった!)

なぜなら 彼は とても幸せそうだった。そんな目をしていた。

私は 思う。  これから人々が必要な事は 周囲の人たちが、自分の為に

どれだけ動いてくれているか いつも 思ってくれているか。を感じている事。

人は 1人では生きていけないという事。

形にとらわれず、してくれた事に対して感謝の気持ちを忘れず、いつか 気持ちで

返す事。

彼の母も 叔母も 姉も形あるお土産より 彼の気持ちが 一生 心に残るお土産に

なるはずだ。

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第 2 話

N君は、小学校の頃からやんちゃで、入学式の次の日から、学校の机の中に教科書を置いて帰って

くるような状態だった。

夏には、クラス中に”おやじシャツ”を広めて、女の子まで下着姿になる始末。親の呼び出しはこの時

期には既に2~3回あった。

先生の言う事はきかない。転校した頃には登校拒否になっていた。

父親に叱られてもなぐられても、ガンとして学校には行かなかった。

何とか卒業したが、中学でもやってくれた。

勿論けんか。その子の家と中学校に何度もおわびに行った。母親もほとほとあきれて、信じる気持ちと

かわいい気持ちと疲れた気持ちが交差していた。

少し寒さを感じる頃だったか、自宅に学校から電話があった。

N君は剣道部。やっと初段をとれた頃だった。顧問の先生のお話だと、剣道の稽古中に後輩をなぐった

という事だった。いつも暴れん坊のN君は、周りの人から当然またかと思われて、今度やったら退部と

言われた。N君は今までガンと口をつぐんで謝る事をしない子だったが、今度だけは母親が土下座をして

謝った時は、さすがにこぶしをふるわせて”すみません”と言った。

N君は自分で言い訳めいた事も、どうしてそうなったかも、一切言う子ではなかった。

父親も一切、N君をとがめなかった。母親には”何か理由があったんだろう”とぽつりと言った。

母親は、今度だけはN君に話を聞きたかった。

理由は・・・弟がその子にいじめられていたから。

転校を重ねてきたこの兄弟はどの学校でもいじめにあっていた。それを母親は知らなかった。

剣道部を退部になっても守りたかったもの。

誰も信じなくても、親は信じてやることの意味を、母親も勉強させられた。

外見はどうしようもなく思われても、中身はまっすぐだった。そんな息子が母親は何かうれしかった。

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第 3 話

T君の家族は、今まで住み慣れた家を逃げる様にして、南の地へ向かった。

小学校4年の時だった。

父が保証人になった為に、家、土地、車まで差し押さえられてしまった。

先の見えない、暗くて淋しい出発だった。

父は到底返済しきれない借金を、毎月毎月必死で返してきた。

ガスは止められ、水道も止められた。電気は唯一のライフラインだから

何とか支払うという状況だった。


でも、T君の家族は強かった。

ガスの出ないかわりに、卓上のガスコンロとボンベを買ってきて、料理を作った。

水道は、真夜中に公園に行って、ポリタンクに水を汲んで持ち帰った。

トイレは家の前のスーパーマーケットですませ、お風呂は週に何回かお風呂屋さんに

通った。

その時々の小銭は何とか工面できたが、支払いが膨らんでいくのを、止めることはできなかった。

家賃を払うことが出来なくなり、最終的に辿り着いたのは、旅館での住み込みの仕事だった。

そこはまるで明治時代のような、古いしきたりが残っていた。

仲居の新米は、先に勤めている先輩のことを「お姉さん」と呼び、言いつけには絶対という位に

服従しなければならなかった。

母親は小4のT君に向かって、自分に言い聞かせるように言った。

お姉さんの子供のA君だけには、逆らわないで!

子供たちの世界にまで、仕事場の古いしきたりが、無言の圧力となり浸透していた。

毎日毎日、朝早くから夜中まで働いている父と母は、子供達と顔を合わせる事がない

日すらあった。

ある日、長女が母親に泣きながら訴えた。

「弟が毎日、マンションのエレベーターの中で殴られたり、蹴られたりしている。

反撃すればいいのに、頭をかかえてしゃがみこんだまま。ずっと我慢してA君達に

殴られているのを見ていられない!」

母は驚きのあまり息をのんだ。毎日毎日生きるのに必死で、自分を守るために、

子供がいじめられても我慢をしている事に気付かずにいた。


T君はどんなことをされても、母の言いつけをずっと守っていたのだ・・・。

父と母は、この件で旅館の仕事を辞めて、この土地を離れることを決心した


自分達は子供と生きるためにここまで来た。

子供の笑顔無しでどうして生きていけるのか。

古いしきたりの残る町から出る車の中で、子供の笑顔に涙がこぼれた両親だった。

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第 4 話

先日、バスの中で乳母車に赤ちゃんを乗せたお母さんと一緒になった。

その赤ちゃんは乗り込む時からぐずついて、身体をくねらせながら泣いていた。

お母さんの小銭入れがチャラチャラ鳴るのをかしてくれとひっぱり、手を渡すと

思いっきりそれを投げた。
それを何度も繰り返し、周りのお客さんも拾うとお母

さんは小さく“すいません”と何度もあやまった。

それでもぐずつきはおさまらない。


そうこうしているうちに、彼女は私と同じ停留所で降りた。彼女の背中は疲れて

いて淋しそうだった。

私は今までそういうお母さんを見て、虐待していないからまだ子どもを見ている。

子どもと一緒にいるということで、このお母さんは、子どもをかわいがっているん

だって安心すらしていた。

だが、その疲れた背中を見て、本当に子どもと向き合っているのだろうか?

子どもの将来を考えて、育てているのだろうかと疑問がわいてきた。

人に迷惑をかける事、人と共存していることがはっきり彼女の中で解っていたら、

もう少し違う一面を見れたと思う。よく、メールをしながらバギーを押すお母さんが

街中で見られる。

ぐずついている子どもが今、どうしてほしいか、自分の目線でお母さんは考えてく

れているのか、幼いながらも子どもは解るのではないか?

子どもだって淋しい思いをしていると思う。

小さい頃から会話もなく、目線を合わせてもらえないから成長していくにつれ、親子

の間に距離感があるのではないか

本当の意味での虐待を教えられた気がする。



 

       


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